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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)3657号 判決 1966年12月07日

原告

金吉証券株式会社

右代表者

山村重行

右訴訟代理人

井上太郎

被告

長谷川竹次郎

右訴訟代理人

瓜谷篤治

主文

被告は原告に対し、金一、七五八、三五〇円、及び、これに対する昭和三七年九月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は金五〇〇、〇〇〇円の担保をたてることを条件に仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決、並びに、仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告は証券業を営む会社であり、被告は、証券業を営む訴外丸菱証券株式会社(以下単に訴外会社という)の代表取締役である。

二、原告は、昭和三六年一一月以降継続して、訴外会社から株式現物売買の委託を受けてきたが、訴外会社は、昭和三七年五月二五日から同年六月五日に至るまでの株式売買により、原告に対し負担した右売買代金及び手数料等債務合計金七、〇三一、四六九円の残額六、九三〇、〇八九円を支払わないまま、同年九月一日大蔵大臣によりその証券業者としての登録を取消された結果営業継続が不可能となり、積極財産としては、什器備品、電話加入権、敷金等合計金二八〇万円のほかに約九〇〇〇万円にのぼる殆んど回収不能の不良債権を有するにすぎないのに比較し、消極財産たる負債額は一、五〇〇万円にも及んでいるため、原告に対する前記債務の支払いは事実上不可能な状態に陥つている。

三、訴外会社が右のような状態に立至つたのは、被告の訴外会社代表取締役としての任務懈怠に原因がある。即ち、

(1)  被告は、昭和三六年一一月三〇日、訴外会社の代表取締役に就任したものであるが、右役職に就いた以上、善良な管理者の注意をもつて会社財産の保管の任にあたると共に、誠実にその職務を遂行して訴外会社の業務を運営し、その企業利益を図るべき義務があるのにかかわらず、これを怠り、右就任後訴外会社に出社することなく、その一部使用人に訴外会社の運営を一任し、これに会社代表印を預けて放置したまま顧りみることもしなかつたため、右使用人等において、代表取締役たる被告の監視がない状態に乗じ、勝手に訴外会社自らが買主となつて原告に対し株式の買付を委託する、いわゆる自己取引を行ないながら、その発覚を防止するため、帳簿上は顧客或いは使用人の個人が訴外会社に株式買付委託をし、訴外会社が更に原告に対し買付委託をしたように記帳し、或いは不良顧客から株式買付委託を受けた際、その買付代金を受領せず、これを訴外会社が慢然立替払をしたりしてその回収不能を招来したほか、使用人の私的な飲食費として多額の会社経費を支出する等、訴外会社の営業内容が乱脈を極め、これがため、訴外会社の欠損が毎月約五〇〇、〇〇〇円にのぼつた結果徐々にその資産を喰い潰し、前記登録取消処分を受けた当時、全く無資力となつていた。

(2)  のみならず、訴外会社は、証券取引法二八条に基き登録された会社であるから、同法の適用を受ける結果、その代表取締役たる被告においては、一般会社における代表取締役以上に、会社資産の散逸防止に留意しなければならない特別な義務があるというべく、特に同法三四条により会社の負債総額のその営業用純資本額に対する比率は二〇倍を限度と定められており、負債総額が右比率を越える時は、遅滞なくその旨を大蔵大臣に届出なければならないものであるところ、訴外会社が、被告の代表取締役就任当時から負債超過のため純資本額なるものがなく、従つて右法条による届出義務が生じたにも拘らず、被告は慢然これを放置して右届出を怠つていたものである。

四、ところで、原告は、前記のとおり訴外会社に対して有する金六、九三〇、〇八九円の債権の回収が不能となつたことにより、右債権額と同額の損害を蒙つたものであるところ、右損害は、前記被告の任務懈怠という職務執行上の重大な過失によるものと言うべく、しかも右損害は、代表取締役たる被告が訴外会社に出社して使用人を指揮監督し、法定帳簿を日々検討するなどその本来の職務を忠実に遂行していたならば当然避け得たものであるから、その任務懈怠と右損害との間に相当な因果関係があるといわねばならないから、被告は、原告の蒙つた右損害を賠償すべき義務がある。

五、よつてここに被告に対し、右損害額の内金一、七五八、〇三五円、及びこれに対する、本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三七年九月一九日以降完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「請求原因第一項及び第二項の事実は認めるが、第三項及び第四項の事実を否認する。被告は、訴外会社設立当初から会社運営業務を担当していた同社取締役鶴岡吉士から、代表取締役に就任してほしいと懇請されたので、最初老令(当時七三才)を理由としてこれを固辞していたところ、同人において、実務は自分が担当し被告には何等の迷惑をかけないと明言して、なおも懇請を続けるので、同人に会社業務並びに店員の監督等一切を任せるとの条件のもとに代表取締役に就任するに至つたのであり、右事実については他の株主も了承していたものであるのみならず、被告は就任後間もなく原因不明の病気に罹つて発熱し、神戸市兵庫区大池所在の自宅で病臥し昭和三七年六月頃迄は会社への出勤が不可能な状態にあつたから、右鶴岡をして代表取締役の職務を代行せしめたことは不可抗力というべく、いずれにしても被告に何等の法規違反、任務懈怠がない。」と述べた。

理由

一、被告が、昭和三六年一一月三〇日、元証券業を営んでいた訴外会社の代表取締役に就任したこと、訴外会社が同年一一月以降同三七年六月迄の間、原告に対し株式現物売買の委託をなし、その取引上生じた株式買付代金及び株式売買手数料債務中、金六、九三〇、〇八九円が現在なお未払いとなつており、一方訴外会社には、原告主張のとおり見るべき資産がなく、右残債務が事実上支払い不可能な状態にあること、訴外会社が、同三七年九月一日、証券業者としての登録を取消されたこと、以上の事実については当事者間に争いがない。

二(一)  原告は、被告に、訴外会社代表取締役としての職務を行うにつき重大な過失による任務懈怠があつた旨主張するのでこの点につき判断するに、<証拠>によれば、神戸証券取引所理事長や、神戸証券株式会社代表取締役等の経歴を有する被告は、右経歴を買われて訴外会社代表取締役に就任して以来昭和三七年一月中頃までの間は、一週間乃至一〇日に一度位の割合で訴外会社に出社していたものの、同年二月以降は全く出社することなく、又出社した際も客の出入りする状態を観察するだけで、特に使用人から取引状況、会社運営等につき説明を求めたり帳簿類を点検し使用人に職務執行上の助言乃至指揮命令を与える等はせず、これら一切を取締役鶴岡吉士に一任し、会社代表者印も同人に預け、自らは会社経営の実際に殆んど関心を示していなかつたこと、訴外鶴岡は、従来鉄工業の経験をもつていたが、証券会社の経営について経験が浅かつたこと、訴外会社が自らの計算において直接買付を委託するいわゆる自己取引が使用人の専断のもとになされ(右鶴岡の指示すらあおいでいない)、しかも法令上自己取引については、これを別個に記帳すべく義務づけられているのに拘らず、第三者たる顧客名義で訴外会社に買付注文があつたかのように帳簿処理がなされていたこと、訴外会社は大阪証券取引所の非会員であり取引所での株式売買取引が禁じられている関係上、顧客から株式売買の注文があつた場合会員資格を有する原告にこれを再委託して営業を行つていたものであるが、顧客の株式買付委託により、原告を介して株式を買付けた場合、直ちに顧客から受領すべき買付代金を受領せず、訴外会社が慢然とこれを原告に対し立替払いしていたところから、顧客に株券を引渡すまでに当該株価が下落し(当時株価が下落のすう勢にあつた)、顧客から不当な異議が出されたりして、結局買付代金の回収が困難になるというようなことから不良債権額が増大したこと、訴外会社の収入は殆んど原告から支払われる株式売買手数料(一ケ月金三五〇、〇〇〇円乃至三〇〇、〇〇〇円)に限られていたのに対し会社が支出する経費(人件費、事務所賃借料、借入金利息等)は毎月五、六〇万円にものぼり、他に交際費として相当額の出費がなされたため、毎月多額の赤字が累積されていつたこと、そのため会社資産は減少の一途をたどり次第に資金繰りに窮するようになつたが、昭和三七年五月二九日に至り遂に買付代金支払いのため原告に交付していた小切手の決済がつかず、原告にその支払猶予を申入れると共に以後原告との取引も停止せざるを得なくなつたこと、同年七月には監督官庁の補助機関である近畿財務局係官の検査を受けた結果、同年九月一日支払能力薄弱及び法定帳簿作成不備の二点を理由に証券業者としての登録を取り消されたこと、被告が訴外会社に出社して、代表取締役としての職務を果たしていれば、右のような各結果を未然に防止し得たこと、等の事実が認められ、<中略>右認定を覆えすに足る的確な証拠がない。

(二) 右認定事実によれば、訴外会社の経営内容は極めて放漫にして、或いは第三者からの買付委託を仮装して自ら投機行為に走り、或いは株価下降期において買付委託客から買付代金の回収を図らずにこれが立替払いをし、訴外会社をして回収不能な不良債権を増加せしめ、或いは無用の交際費を濫費すること等により、会社の資産状態を極度に悪化せしめたものというべく、かかる結果を招いたのは、ひつきよう代表取締役にして、証券会社の業務について知識経験の深い被告が、その知識経験の浅い取締役鶴岡吉士等に会社経営を一任し、自らは昭和三七年二月以降出社することさえしないで、右鶴岡及びその他の会社使用人に対する監督を怠り、ひいては訴外会社に対する善管注意義務ないし忠実義務を尽くさなかつた著しい義務違反によるものというべく、しかも右義務違反について被告には重大な過失があるといわねばならない。

(三) 尚被告は、代表取締役就任に当り、鶴岡吉士との間で、被告が訴外会社に対する一切の義務から解放される旨の合意があつた旨主張するが、仮に右のような合意が取交わされたとしても、それは会社内部において考慮されることあるは格別、会社と取引する第三者との関係で如何なる意味も効力も持ちえないことは多言を要しない。又被告は病気による出社不能を理由に、右鶴岡に対し代表取締役の職務代行をなさしめた事は不可抗力であつた旨主張するが、右のような事実が存したからといつて、これをもつて代表取締役の職務にある者の職務上の義務の不履行が不可抗力によるといえないのみならず、原告本人尋問の結果明らかなように、被告が鶴岡に会社代表者印を預け、会社経営、店員の監督等を一任したのは代表取締役就任当初の昭和三六年一一月のことであり、被告がその主張する原因不明の病気に罹つたのは同三七年二月頃のことであるから右両事実間に何等の関係なく、要するに被告の右各主張は弁解の域を出るものでないから前記判断に何らの影響を及ぼすものではない。

三 してみると、原告の蒙つた訴外会社に対する前示債権回収不能による損害は、被告の重大な過失による訴外会社代表取締役としての任務懈怠により生じたものというべく、従つて、被告は原告に対し、商法第二六六条の三第一項前段の規定により、右損害を賠償すべきであるといわねばならないから、被告に対し、右損害額の範囲内である金一、七五八、三三〇円、及び、これに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三七年九月一九日以降完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(下出義明 上田耕生 田中宏)

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